親が認知症になったら家は売れない?成年後見制度と家族信託、対策できる時期の違い
公開日: 2026年7月21日
「親が認知症になったら、実家は売れなくなる」——これは半分本当で、半分誤解です。正確には、売れなくなるのではなく、売るための手続きが重く・遅く・不自由になります。そして、軽い手続きで済ませられる対策は「親が元気なうち」にしかできません。
この記事では、認知症と不動産売却の法律上の関係、認知症が進んでからでも売る方法(成年後見制度)、元気なうちにできる備え(家族信託・任意後見)を、時系列で整理します。
なぜ売れなくなるのか——「意思能力」と契約の無効
不動産の売買契約は法律行為であり、契約の意味を理解して判断する能力(意思能力)がない人が行った契約は無効です(民法3条の2)。認知症が進行して自分の家を売ることの意味が理解できない状態では、本人がいくら署名しても契約は成立しません。
ここでよくある誤解が2つあります。
- 「子どもが代わりに売ればいい」は通用しない:委任状で代理するには、委任する時点で本人に意思能力が必要です。意思能力を欠いた親から取り付けた委任状は無効で、家族であっても親名義の家を勝手に売ることはできません
- 「認知症と診断されたら即アウト」でもない:認知症の診断があっても、症状が軽く売買の意味を理解できる状態なら契約できる可能性があります。実務では、司法書士や不動産会社が本人の意思確認を慎重に行い、必要に応じて医師の診断も踏まえて判断されます。グレーな状態で強行すると後日契約が無効とされるリスクがあるため、自己判断は禁物です
つまり分かれ目は「診断名」ではなく意思能力の程度です。そして意思能力が失われた後に残される正規ルートが、成年後見制度です。
認知症が進んでから売る方法——成年後見制度
仕組みと流れ
法定後見は、判断能力の程度に応じて「後見・保佐・補助」の3類型があり、家庭裁判所に申立てて開始します。判断能力を欠く常況であれば「後見」となり、選任された成年後見人が本人に代わって財産管理や契約を行います。
実家の売却で重要なのが、本人の居住用不動産を売るには家庭裁判所の許可が必要という点です(民法859条の3)。施設に入所していても「生活の本拠として戻る可能性のある自宅」は居住用と扱われ、許可なく売った契約は無効です。許可の判断では、売却の必要性(施設費用の捻出など)、本人の帰宅可能性、売却条件の相当性などが考慮されます。
流れの目安は次のとおりです。
- 家庭裁判所へ後見開始の申立て(診断書・財産目録など)→ 審判・後見人選任まで1〜3ヶ月程度
- 後見人が売却活動(不動産会社への相談・売買契約は許可を条件とする停止条件付きが実務)
- 家庭裁判所へ居住用不動産処分の許可を申立て → 許可後に決済・引き渡し
知っておくべきデメリット
成年後見は「家を売るためだけの使い切りの手段」ではありません。
- 一度始まると途中でやめられない:原則として本人が亡くなるか判断能力が回復するまで続きます。「売却が終わったので後見終了」はできません
- 報酬が続く:司法書士・弁護士などの専門職が後見人に選ばれた場合、家庭裁判所が決める報酬(実務上月2〜6万円程度が目安)が本人の財産から支払われ続けます。年間で数十万円、10年続けば数百万円規模です
- 家族が後見人になれるとは限らない:候補者を立てても、財産規模や親族間の事情によっては専門職が選任され、または後見監督人が付きます
- 財産は本人のためにしか使えない:売却代金は本人の施設費・生活費・医療費のための財産として厳格に管理され、家族の都合(生前贈与・相続対策など)には使えません
それでも、施設費用の捻出などやむを得ない事情があるなら、成年後見は確実な正規ルートです。「デメリットがあるから使わない」ではなく、使わざるを得なくなる前に次の選択肢を検討しておくのが本筋です。
元気なうちにできる備え——家族信託と任意後見
家族信託(民事信託)
親が元気なうちに信託契約を結び、実家や預金の管理・処分の権限を子(受託者)に移しておく仕組みです(信託法)。所有者としての名義は受託者に移り(信託登記)、利益は親(受益者)のものという構造です。
- 強み:親が認知症になった後でも、受託者である子が家庭裁判所の関与なしに実家を売却できます(契約でその権限を定めておいた場合)。売却時期や価格の判断も柔軟です
- 費用:専門家報酬・公正証書・信託登記などの初期費用がかかります。財産規模によりますが数十万円〜100万円超の幅が一般的な目安です。一方、後見のような継続報酬は基本的にありません
- 注意点:契約設計を誤ると機能しないため、信託に精通した司法書士・弁護士への依頼が前提です。また、身上監護(施設入所契約など)はカバーできないため、後見制度との併用を検討する場面もあります
任意後見
元気なうちに「将来判断能力が落ちたら、この人に後見人になってほしい」と公正証書で契約しておく制度です(任意後見契約に関する法律)。発効時には家庭裁判所が任意後見監督人を選任し、その監督下で契約した範囲の代理を行います。後見人を自分で選べる点が法定後見との違いですが、監督人への報酬が発生し、不動産売却の自由度は家族信託より低めです。
3つの手段の比較
| 家族信託 | 任意後見 | 法定後見 | |
|---|---|---|---|
| 準備できる時期 | 元気なうちのみ | 元気なうちのみ | 判断能力低下後 |
| 実家売却の自由度 | 高い(契約次第) | 中(監督人の監督下) | 低い(家裁の許可制) |
| 継続コスト | 原則なし | 監督人報酬 | 後見人報酬(専門職の場合) |
| 家裁の関与 | なし | 監督人を通じて | 全面的 |
判断能力が失われた後では、選択肢は法定後見しか残りません。「実家をどうするかは親が元気なうちに話しにくい」のが人情ですが、対策の窓は本人の健康と一緒に閉じていきます。
施設入居と実家売却——典型ケースの進め方
実務でもっとも多いのは「親が老人ホームに入居し、空き家になった実家を施設費用のために売る」パターンです。この場合の考え方は次のとおりです。
- 親に意思能力がある → 親自身が売主として売却(遠方なら意思確認を丁寧に)。元気なうちであれば、将来に備えた家族信託の設計もこのタイミングが適期です
- 意思能力が微妙 → 司法書士・不動産会社の意思確認と医師の判断を仰ぐ。無理に進めない
- 意思能力がない → 成年後見の申立てから。売却まで数ヶ月かかる前提で資金計画を立てる
なお、住まなくなった実家を空き家のまま置く期間の管理・税金の問題、親が亡くなった後の売却(相続後の売却)は別の論点になります。相続後の流れは相続した家・不動産の売却ガイド、実家じまい全体の判断は実家じまい完全ガイドで解説しています。税の特例(居住用財産の3,000万円控除など)は住まなくなってからの期間で適用が変わるため、売却時期の判断とあわせて税理士に確認してください。
今の状況で取れる選択肢を確かめる
親の家の売却は、「親の判断能力」「名義」「居住状況」「資金の必要時期」の組み合わせで、取れる手段と所要期間がまったく変わります。手続きに数ヶ月かかる手段しか残っていないのか、まだ柔軟な設計ができる段階なのか——現在地の把握が最初の一歩です。
家じまい診断では、物件の状況にいくつか答えるだけで、売却の難易度と向いている選択肢・相談先の傾向を無料で確認できます。氏名や連絡先の入力は不要です。後見・信託など法律手続きの具体的な設計は、司法書士・弁護士にご相談ください。
※本記事は2026年7月時点の法令・情報をもとに作成しています。意思能力の判断・成年後見・家族信託は個別の事情によって取り扱いが大きく異なり、法的判断を伴います。具体的なケースについては、司法書士・弁護士・医師などの専門家にご確認ください。
※ 本記事は一般的な情報の提供を目的としたものであり、個別の物件の評価や税務・法務のアドバイスを行うものではありません。具体的な判断にあたっては、宅地建物取引業者などの専門家にご相談ください。